神理教の住所

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 境内の桜

 

   

   

   

   

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神理教大教殿 

 大教殿

 現在の大教殿は、大正八年に造営されました。
 当時、教派神道では一番の大きさでした。

 瓦の枚数は、約四万枚。
 畳の枚数二〇四枚(式殿四十・拝殿一六四枚)。

 奉納木額

神理無敵 神道総裁 有栖川宮一品幟仁親王
  宇内 ( うだい ) 最上 ( さいじょう ) 神理教場 山県有朋(内務大臣・総理大臣)
  赫々 ( かくかく ) 神理教 伊藤博文

  大元稲荷神社 大元稲荷神社

 当社は古来豊国巫部の邸内に鎮祭されたものでその勧請年代は定かでない。

 文化年間(1804〜1815)御教祖の父経勝翁が巫部の守護神として祭祀するべく御神託をうけ伊勢外宮より御分霊を奉載したこれを社の中興とする。

 御教祖幼少のころ小倉藩国学者西田直養翁のもとへ通学の時、毎夜絶えず前後を守護するように白狐あり、その後神理を究めんとする教え子に数々の神助霊応が絶えず昭和六年秋境内よりこの地に遷座する。

 本教に奉仕する人々の守護神であり且つ農工商の広きに亘って霊験著しい。

 昭和四十七年春改築する

・大元稲荷参道に、文化八年(1811)の石鳥居がある。

 祭日

 初午祭 二月初午

 春季大祭 四月第三土曜日

 夏越祭 七月第二日曜日

 秋季大祭 十月第三土曜日

太政大臣正一位公爵三條實美卿筆 「錦雲深処」 太政大臣正一位公爵三條實美卿筆 「錦雲深処」

三條實美 天保8年(1837)〜明治24年(1891)

 尊皇攘夷派公家の中心的存在であったが、文久3年(1863)尊皇攘夷派の京都追放をねらった8月18日の政変が起こり、七卿落ちの1人として長州に下る。王政復古後、新政府の議定、副総裁、右大臣、修史局総裁などを歴任。明治4年(1871)太政大臣に就任、18年の太政官制廃止までつとめた。内閣制度創設後は内大臣となり、一時臨時首相を兼任した。

 大元神社の鳥居のトンネル    階段にのぼる大元稲荷の旗 

 大元稲荷の鳥居    紅葉の頃の大元稲荷

 大元稲荷の旗

「奥の宮 造化宮」

  旧社殿     大祭

旧社殿
 明治三六年建立
独立十年・教祖古希記念

大祭

  徳力山上り口     参道

徳力山上り口

参道

  現社殿     現社殿

現社殿
 平成六年
 独立百年
記念事業で建立造化宮 現社殿

  手水舎 木額 「設神理以奨俗」(しんりをもうけもってならわしをすすむ)     桜

手水舎
木額 「設神理以奨俗」(しんりをもうけもってならわしをすすむ)
明治十七年十月、山岡鉄舟より寄贈。

 山岡鉄舟  天保7年(1836)〜明治21年(1888)
西郷隆盛と勝海舟の会談を実現させ、江戸城無血開城の立役者である。
剣・禅・書の達人として有名であり、徳川慶喜に仕え幕臣として活躍。後に茨城県参事など歴任し、明治天皇の教育係として10年間仕えた。幕末の三舟の一人。

  境内 桜     境内

境内 桜

境内

   大祭風景  大祭風景

造化宮(ぞうかぐう)

 由来

 造化宮は饒速日十二代物部伊美岐が履中天皇のみことのりをうけて全国の疫病を平癒し九州に下りこの地に天在諸神を祀り万民安全を祈念され信仰の大元を定められたと伝えられる。

 雄略天皇の病を平癒した十六代物部兄奇はその功により天皇より巫部の姓と日月五星の御紋章を賜わりこの地に居をおくこれが豊国巫部のはじめであり本教の発祥である。

 御祭神

正殿   天神 (ことあまつかみ)・ 七代 (かみよななよ)

左殿   大神 (あまてらすすめおおかみ)

右殿   豊受媛 (とようけひめのかみ)・ (としとくのかみ)

 企救郡誌より抜粋

造化天神社  由緒

往古徳力山ニ鎮座アリテ、天在諸神祠又造化大神宮ト稱シ、豊國巫部奉仕スル處タリ。永禄十二年豊前國京都郡松山城主杉氏再建。慶長三年三月小倉城主森壹岐守再建。其後細川越中守忠興朝臣信仰厚ク、殿宇祭器等寄附アリ。細川氏肥後ニ移轉後、社地廢頽シ、慶安年間今ノ地ニ移轉ス。所藏ノ神鏡裏ニ天平三年トアリ。以テ當社ノ古社タルヲ徴スルニ足ル。

 明星会館

大祭・講習会時の宿泊や、直会・会議など、スペースゆったりの会館です。

会館正面

会館正面  神理教明星会館  明星会館全体像

1階ロビー

1階ロビー  1階ロビー  1階ロビー

1階ロビー

会館内部

配膳室  参道側廊下  男子浴室
     配膳室           参道側廊下          男子浴室

     女子浴室      130畳が5部屋に分割できます。
         女子浴室           130畳が5部屋に分割できます。

3階和室  エレベーター横の階段  4階はフローリングです。
    3階和室        エレベーター横の階段     4階はフローリングです。

5分割できます。
5分割できます。

直会・会議など、ご使用お申し込みは、大教庁へ。

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 神理教はこんなところ

 神理教はどんなところですかと聞かれても、ここで長く生活をしている私たちにはお応えしにくい部分もあります。

 初めてお越しになった方を境内に案内すると、「広い所ですね」とか、秋だと「下手な名所よりは紅葉がきれいですね」とか、秋でなくとも「心温まる目に優しい神の森ですね」と言って下さいます。

 始めに正門とそれを囲む建物を見た時には敷居が高い印象を感じられる方もおられるようですが、中に入るにつれてかなり別の印象をお持ちになるようです。

 どこの本部でもそんなことがあるのでしょうが、「静岡県から神の声に導かれるままにたどり着いた」とか、徳力山の造化宮で「真っ青で清明で他にはない巨大な神の気を感じる」と言われる方もいます。

『来る者拒まず、去る者追わず』が神理教の教風ですから、ご心配なくお越し頂き大きな御神徳をお受けになり心の安らぎを味わいお楽しみ下さい。

 教義の入り口(悟り)

「神理教の悟りは何ですか?」と聞かれることがあります。
 難行苦行をしなくても、神理教の教信徒は自覚さえあれば、いきなり悟りが開けているといって過言ではありません。

 神理教の教えは奥も深いけれど、境内と違って入り口も広いのです。
 難行苦行をしなくても、御神徳は直ぐそばにあり、私たちはそれに気づかないだけなのです。
 難行苦行をする人や教団にお金を払い物を捧げれば御利益がある、との勘違いしている人が世の中には多いようです。
 宗教への誤解や勘違いは、この辺りに大きな原因があるようです。
 神道の悟りへのキーワードは『祓い』です。
 お金を払ったり物を捧げるのは、参加費やご利益への御礼ではなく、自分自身の祓いであることに気付いている人は少ないようです。
 悪い事や良くない思いをしないだけではなく、敬神尊祖の心を持ちながら自分の祓いを心掛ければ悟りはそこにあるのです。
 御神徳はご神前や御先祖の前から尽きることもなく大量に流れ出ているのに、それを受けることが出来ないのは罪穢れを祓うことをしていないからです。
 修行の場は難行苦行の場にあるのではなく、毎日の生活にあります。
 あるいは厳しい日常の生活の中でも、悪い事や思いを持たないことを心掛けながら、神社や神理教の本院や教会に参り、心なくも犯した罪穢れを祓う気持ちを持てば、御神徳と悟りは目の前にあるのです。

 祓いの方法は幾つもある中で、一番短い言霊(ことだま)は『我が心清々し』です。
「自分の心は清々しいのだ」と誇るのではなく、言葉の神霊の力で自分と周囲の人の心を祓い清めて頂くのです。
 まずは『我が心清々し』を、時間がある時に何度も唱えることをお試し下さい。
 必ず悟りと神徳を頂く条件である『祓い』が出来、人間が本来頂くべき幸せが訪れることでしょう。

 徳力の地名の由来

 神功皇后、新羅出兵の際、当地より船建造の木材を採ったとのことで、「徳利木」と名付けられた。
 慶長年間に、現在の「徳力」となった。

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北九州市小倉南区徳力5−10−8 神理教大教庁